”群れる”という中毒性

2022-06-06

”群れる”というのは、中毒性がある。

10年前まで、記憶のある限り、私は群れたことはなかったのだけれど
まあ、群れたくても、そのような環境になかった、が本当かな。

・・・、ご縁あって、行きつけのカフェが出来て
それまで、1人でいることの多かった私は、
楽しくて、日中は、仕事よりもカフェに通うことが多くなった。

そこにくるお客様やマスターと話す時間に、癒された。

そんな生活が数年続き、
行きつけのカフェが出来るまで私はいったいどんな生活をしていたか思い出せないほど、独りでいる感覚はなくなっていった。

コロナ禍になって、いろいろあって、通わなくなり
最初の1年は、どうにかなりそうだった。笑;
そりゃそうだ。
それまで、毎日のように通っていたのだから。

2年目はちょっと慣れた感じに。

そして3年目。

1人でいる時間が、やっと苦にならなくなった。
昔の感覚を思い出せた?

「群れる」という行動には中毒性があるから
抜け出すのに2年もかかったもよう…

でも。
楽しかった。
群れているときは、寂しくなかったし。
なんとなくかかえていた不安を、直視しなくてもよかった。

たまにカフェに行きたいと思うときもあるけれど
昔のわたしに戻ってしまいそうで。。。

新しい出会いとともに、前へ歩いて行こうかな。と思っているこの頃

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